第44回シスメックス学術セミナー(2022年)講演要旨

血液疾患:診断がつむぐ明日の医療

座長:
名古屋大学大学院医学系研究科 病態内科学講座 血液・腫瘍内科学 教授 清井 仁 先生
独立行政法人 国立病院機構 名古屋医療センター 名誉院長 直江 知樹 先生

1. 造血器腫瘍領域におけるゲノム診療の近未来

慶應義塾大学 医学部 血液内科 教授
国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 分子腫瘍学分野 分野長 片岡 圭亮 先生

2. 小児白血病における微小残存病変(MRD)

滋賀医科大学 小児科 病院教授 多賀 崇 先生

3. 血液疾患の実臨床におけるリキッドバイオプシーの利用

藤田医科大学 医学部 血液内科学 主任教授 冨田 章裕 先生

4. 血友病の診断と止血モニタリングの進歩とイノベーション

奈良県立医科大学 小児科 教授 野上 恵嗣 先生

1. 造血器腫瘍領域におけるゲノム診療の近未来

慶應義塾大学 医学部 血液内科 教授
国立研究開発法人 国立がん研究センター研究所 分子腫瘍学分野 分野長 片岡 圭亮 先生

 この数年で本邦においてもがんゲノム医療体制の構築が急速に進み、2019年度からは実際に臨床現場においてがんゲノム検査が開始された。造血器腫瘍では、固形がんとは対象とする遺伝子の種類が異なるだけでなく、固形がんが主目的とする「治療法選択」に加えて、「診断」、「予後予測」においてもゲノム検査が重要となる、という違いがあるが、現状は固形がんを中心とする動きであり、造血器腫瘍のゲノム医療は立ち遅れている。特に、国内で保険承認された造血器腫瘍を対象とした遺伝子パネル検査が存在しないことに問題がある。本発表では、造血器腫瘍のゲノム異常の特徴および臨床的意義やその背景にある基礎的研究の成果について概説するとともに、造血器腫瘍に特化したパネル開発の試みについて紹介する。

2. 小児白血病における微小残存病変(MRD)

滋賀医科大学 小児科 病院教授 多賀 崇 先生

 近年、小児白血病は、最も頻度の高い急性リンパ性白血病(ALL)を中心に、多くが治癒を目指せるようになっている。その一方で、再発難治例も少なからず存在し、これらを早期に見出し、予想される予後に応じた層別化治療を行うことが重要である。治療層別化因子としては、白血病の病型、遺伝子異常などに加え、治療反応性が用いられているが、近年その治療反応性の評価指標として注目されているのが、微小残存病変(MRD)である。MRDは、形態学的寛解時に“寛解の深さ”を測るもので、測定方法としてはマルチカラーフローサイトメトリー(FCM)法、キメラ遺伝子あるいは白血病細胞特異的異常に基づくPCR法によるものが主流である。小児白血病治療の歴史的変遷を提示しながら、MRD研究の現状、将来などについて講演する。

3. 血液疾患の実臨床におけるリキッドバイオプシーの利用

藤田医科大学 医学部 血液内科学 主任教授 冨田 章裕 先生

悪性リンパ腫は、血液悪性腫瘍の中で最も頻度の高い疾患であり、その数は近年上昇傾向にある。悪性リンパ腫に対する主な治療戦略は、長らく多剤併用化学療法であったが、近年のモノクローナル抗体医薬や小分子化合物などの標的薬の登場にともない、抗体薬併用化学療法ほか、化学療法薬を用いない、いわゆる「chemo free」治療の割合も高まってきている。疾患の分子診断や病型分類に加え、標的薬治療の選択においても、臨床現場における遺伝子解析の重要性が認識されつつある。悪性リンパ腫の遺伝子解析を行う際には、腫瘍組織生検検体が必須であるが、腫瘤形成を認めない例や生検が困難な部位に発症する例もあり、このような症例においては病理診断や遺伝子解析の実施が極めて困難となる。本講演では、患者の血漿、脳脊髄液などの体液を用いた遺伝子診断の可能性や微少残存病変解析などについて現状を概説し、悪性リンパ腫診療におけるリキッドバイオプシーの有用性について考察したい。

4. 血友病の診断と止血モニタリングの進歩とイノベーション

奈良県立医科大学 小児科 教授 野上 恵嗣 先生

 血友病の診断は血液凝固第VIII(IX)因子活性値に基づき行われる。本活性はAPTTによる凝固一段法で測定されるが、活性値から見た重症度と臨床症状が相関しない症例もしばしば経験する。血友病医療で課題であるとなっている同種抗体(インヒビター)出現時の止血モニタリングも困難である。さらに血友病治療薬は革新的進歩を遂げているが、製剤により正確な凝固能を測定できないことがあり、従来のAPTT-baseのモニタリングに限界がある。そこで止血凝固機能を評価するための包括的凝固機能測定が発展してきている。中でも凝固波形解析(CWA)は通常のPTやAPTT測定反応系のフィブリン形成過程における血漿試料の透過度変化をモニタリングし、凝固全過程を凝固波形として描出することができる。データをコンピューター解析し、本波形とパラメータから凝固動的過程の定量的評価が可能となった。凝固測定機器のイノベーションが、血友病患者の凝血学的評価をより正確に反映することを可能とし、現在、血友病医療の向上に繋がっている。