第43回シスメックス学術セミナー(2021年度)講演要旨

マイクロバイオーム(微生物叢のゲノム)のミラクルワールド
ー微生物と医療・ヘルスケアー

座長:
浜松医科大学医学部 臨床検査医学 教授 前川 真人 先生
独立行政法人 国立病院機構 名古屋医療センター 名誉院長 直江 知樹 先生

1. メタゲノム科学によるヒトマイクロバイオームの生物学・医学的インパクト

東京大学 名誉教授 服部 正平 先生

2. 皮膚マイクロバイオームと病原微生物の皮膚炎症性疾患への関与

大阪大学免疫学フロンティア研究センター 皮膚免疫学 特任准教授 松岡 悠美 先生

3. 消化器系疾患と腸内細菌 ー研究の進歩と治療への応用ー

順天堂大学大学院 腸内フローラ研究講座 特任教授 大草 敏史 先生

4. 腸内細菌叢と循環器疾患 ー動脈硬化性疾患を予防する腸内常在細菌ー

神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 循環器内科学分野 准教授 山下 智也 先生

1. メタゲノム科学によるヒトマイクロバイオームの生物学・医学的インパクト

東京大学 名誉教授 服部 正平 先生

 人体には約1,000種、数十兆個の微生物が生息している。近年、メタゲノム科学(細菌を分離・培養せずに生息する微生物群・叢のゲノム・遺伝子配列を丸ごと取得する方法)と超高速な次世代シークエンサー(NGS)を組み合わせることで、ヒトの腸内、口腔、皮膚等の微生物叢(ヒトマイクロバイオーム)のゲノム情報を網羅的に収集することが可能になり、その情報学的解析からヒトマイクロバイオームの生態学的・生物学的な全体像が遺伝子・ゲノムレベルで明らかになってきた。その結果、例えば、これまでの想像を超えて腸内細菌叢が消化器系、代謝系、神経系等の全身的な疾患と密接な関係にあること等が明らかとなって来た。さらに、その生態的・機能的な多様性は食事、投薬、年齢、宿主の遺伝的背景等の様々な内的・外的要因が影響することも分かってきた。本セミナーでは、ヒト=超生命体という概念のもとヒトマイクロバイオームの生態と機能について解説する。

2. 皮膚マイクロバイオームと病原微生物の皮膚炎症性疾患への関与

大阪大学免疫学フロンティア研究センター 皮膚免疫学 特任准教授 松岡 悠美 先生

 皮膚は、物理的、免疫的に外界から宿主を区別し防御する。皮膚表面には、宿主の細胞を遥かに凌駕する数の細菌、真菌、ウイルスなどの微生物が共存し、これらの微生物が宿主免疫の成り立ちに重要な役割を果たしていることが明らかとなってきている。しかし、普段害なく存在している微生物の中には、特定の条件下で病原性を発現する微生物が存在し、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus) などは病原性片利共生菌と称され、善玉菌と区別される。近年の細菌叢研究の成果などから、常在微生物を適切なバランスで保つことができれば、感染症のみならず、アトピー性皮膚炎などの慢性炎症性皮膚疾患の発症や増悪を、ある程度防ぐことができるのではないかと考えられている。本講演では、我々が取り組んできたアトピー性皮膚炎におけるS. aureusの役割解析を中心とし、皮膚におけるマイクロバイオーム研究の最近の進歩を概説する。

3. 消化器系疾患と腸内細菌 ー研究の進歩と治療への応用ー

順天堂大学大学院 腸内フローラ研究講座 特任教授 大草 敏史 先生

 腸内細菌は、病原体の侵入抑制や短鎖脂肪酸の産生、ビタミン類の生成、免疫系の制御などの働きがあり、ヒトと共生しているとされ、その研究は長年、培養法により培養可能な菌種を対象に行われていた。ところが、1990年代から細菌の遺伝子のメタゲノム解析が可能となり、腸内には培養できない細菌が多数を占めており、その腸内細菌叢(Gut microbiota) には約1,000種,40兆個の腸内細菌が存在することが明らかとなった。さらに、健常者と比べ各種疾患でmicrobiotaの構成が異なり(dysbiosis)、疾患の原因として、そのdysbiosisが注目されてきている。消化器疾患についてはdysbiosisが炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、非アルコール性脂肪性肝炎に関与していることが報告され、最近では大腸癌、肝臓癌、膵臓癌、食道癌などにも関係しているとも言われてきている。本講演では腸内細菌叢と消化管疾患とのかかわりを概説するとともに腸内細菌を標的とした新たな治療法についても述べたい。

4. 腸内細菌叢と循環器疾患 ー動脈硬化性疾患を予防する腸内常在細菌ー

神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 循環器内科学分野 准教授 山下 智也 先生

 近年、腸内常在細菌叢が、様々な疾患の発症や増悪に関連することが示され、腸内細菌を疾患の発症予測や治療標的として利用しようとする研究が世界中で進められている。循環器領域でも、腸内細菌研究がなされ、コリンの腸内細菌代謝産物トリメチルアミンNオキシド(TMAO)の血中濃度が高い人は、心血管イベントの発生が多いことが報告されている。
 我々は、臨床研究にて、生活習慣病コントロール患者に比較して冠動脈疾患患者で有意に減少しているBacteroides vulgatusとBacteroides doreiという2菌種を見出した。この2菌種を動脈硬化モデルマウスに経口投与すると、血中・糞便中のグラム陰性桿菌の毒素リポポリサッカライド(LPS)の活性が低下し、抗炎症作用を示すとともに動脈硬化が抑制できた。ヒトでも、このBacteroides 2菌種の存在比率が高い患者は、糞便中LPS活性が低いことがわかった。本2菌種に着目した動脈硬化性疾患予防法の可能性を検証しており、紹介したい。