第40回シスメックス学術セミナー(2017年度)講演要旨

血液疾患診療のさらなる飛躍 ~その最前線と未来への展望~

座長:
東京大学大学院 医学系研究科 教授 矢冨 裕 先生
東京大学 名誉教授 中原 一彦 先生

1. 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)診療の最前線

大阪大学大学院 医学系研究科 血液・腫瘍内科学 教授 金倉 譲 先生

2. 遺伝子変異からみた骨髄増殖性腫瘍

順天堂大学大学院 医学研究科 血液内科学 主任教授 小松 則夫 先生

3. 骨髄異形成症候群の遺伝学的基盤について

京都大学 大学院医学研究科 腫瘍生物学 教授 小川 誠司 先生

4. アンチトロンビンレジスタンス:新しい遺伝性血栓性素因

名古屋大学大学院 医学系研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座 教授 小嶋 哲人 先生

5. 血友病治療の進歩と展望

奈良県立医科大学 小児科学教室 教授 嶋 緑倫 先生

1. 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)診療の最前線

大阪大学大学院 医学系研究科 血液・腫瘍内科学 教授 金倉 譲 先生

 発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)は、補体介在性の血管内溶血、血栓症、骨髄不全を3大症状とする造血幹細胞のクローン性疾患である。PNHではPig-A遺伝子に後天性の変異が起こり、GPIアンカー型蛋白である補体制御因子CD59やDAF(CD55)が欠損し、血管内溶血が生じる。溶血に伴い血中一酸化窒素が減少することなどにより、腹痛、嚥下障害、疲労などの様々な症状を呈する。PNHの貧血や血管内溶血に伴う症状を改善するため、補体介在性の溶血反応に重要な働きを担う補体因子C5に対するヒト化単クローン抗体エクリズマブが開発された。エクリズマブは、著明な溶血抑制効果を示すとともに溶血に伴う諸症状の緩和、血栓予防効果、腎臓病の改善効果を示し、画期的な治療薬となっている。一方、本邦にはエクリズマブ不応例が存在し、本邦(アジア)固有のC5遺伝子多型が原因であることも明らかになっている。現在、様々な新規治療法の開発が進行中である。本講演では、PNHの最新の話題も交えながら、今後の展望についても述べたい。

2. 遺伝子変異からみた骨髄増殖性腫瘍

順天堂大学大学院 医学研究科 血液内科学 主任教授 小松 則夫 先生

 2005年に骨髄増殖性腫瘍MPNに分類される真性多血症PV、本態性血小板血症ET、原発性骨髄線維症PMFの3疾患に共通の遺伝子変異が発見された。これが恒常活性型JAK2V617F変異である。その後JAK2exon12変異やMPL変異、CALR変異が発見され、2008年のWHO分類第4版ではJAK2V617F変異が、2016年のWHO分類改定版では、JAK2変異に加えてMPL変異とCALR変異が診断基準の必須項目に採用された。我々はこれらの検出法を独自に開発し、日本人における変異の頻度を解析した。その結果、PV/ET/PMFにおける頻度は欧米と同等であった。一方、いずれかの遺伝子変異を有しながらも骨髄検査未施行のためにETとPMFとの鑑別ができない、あるいはPh染色体/bcr-abl融合遺伝子解析未施行のために慢性骨髄性白血病を除外できない、などの理由で診断が確定できない症例が多数存在することも明らかとなった。そこで、本講演の前半では日本におけるMPN診療の現状を述べ、後半ではCALR変異がどのようにしてETやPMFを発症させるのか? この分子メカニズムについて、我々の研究成果を紹介する

3. 骨髄異形成症候群の遺伝学的基盤について

京都大学 大学院医学研究科 腫瘍生物学 教授 小川 誠司 先生

 骨髄異形成症候群(MDS)は血球形態の異常を伴う骨髄不全・血球減少と急性骨髄性白血病(AML)への移行を特徴とする慢性骨髄系腫瘍である。1990年代に分子病態の理解が進んだAMLとは対照的に、従来、その病態には不明な点が多かったが、今世紀にはいって、本症の発症に関わる遺伝変異の同定が進みその病態の解明に著しい進展が認められた。DNAメチル化やクロマチン修飾に関わる一群の遺伝子の異常に伴うエピジェネシス制御の異常やRNAスプライシングの異常は本症の病態を特徴づける代表的な異常であるが、このような一群の遺伝子変異の間には、クローン選択される変異の順序や組み合わせに関連したある種の階層関係が存在し、MDS発症や進展と密接に関わっていることが明らかにされつつある。本講演ではゲノム解析を通じた近年のMDS病態研究の進歩について、我々自身の研究を中心に紹介する。

4. アンチトロンビンレジスタンス:新しい遺伝性血栓性素因

名古屋大学大学院 医学系研究科 医療技術学専攻 病態解析学講座 教授 小嶋 哲人 先生

 静脈血栓塞栓症は様々な先天的/後天的リスクにより発症する多因性疾患で、従来欧米人に多く日本人には少ないとされてきたが、診断技術の向上や食生活の欧米化などにより日本人にも決して少なくないことが明らかにされている。遺伝性血栓症の原因として様々な凝固関連因子の遺伝子異常が同定されているが、いまだに原因不明な遺伝性血栓症もある。我々は長らく原因不明であった遺伝性静脈血栓症家系において、通常は出血症状を示すプロトロンビン異常症で逆に血栓症の原因となる遺伝子変異を発見した。詳細な解析結果から、この変異由来トロンビンは凝固活性がやや弱いものの、アンチトロンビン(AT)による不活化に抵抗性を示すとともに長時間活性が残存するため血栓症の原因となることが判明し、新しい血栓性素因・ATレジスタンス(ATR)として報告した。本稿では、新しい遺伝性血栓性素因・ATRについて最近の知見も踏まえて概説する。

5. 血友病治療の進歩と展望

奈良県立医科大学 小児科学教室 教授 嶋 緑倫 先生

 近年、定期補充療法の普及により出血が激減するために血友病患者のQOLは向上している。しかしながら、血友病治療には大きな課題がある。第一に、出血抑制のために頻回の経静脈的投与が必要なことである。特に小児や両親には多大な精神的身体的苦痛をもたらす。第2はインヒビター発生の問題である。最近、インヒビターの存在に関係なく有効かつ皮下投与が可能な全く新たな治療製剤が開発された。我々は、抗FIXa/FXバイスペシフィック抗体を開発し、第VIII因子代替作用があることを示した(Kitazawa K et al. Nature Med 2012)。本抗体は完全ヒト型遺伝子組み換え型製剤で、その後、改良型抗体であるACE910(emicizumab)を用いて第1相および継続試験を実施した。週1回の皮下投与でインヒビターの有無に関わらず出血症状は激減した(Shima M et al. NEJM 2016)。さらに、遺伝子治療の臨床研究も進み、治療レベルの発現が可能になりつつある。