第39回シスメックス学術セミナー(2016年度)講演要旨

疾患のルーツを探る ~Preclinical Stage~

座長:
社会医療法人 神鋼記念会 総合医学研究センター 熊谷 俊一 先生
東京大学/早稲田大学 名誉教授 浅野 茂隆 先生

1. パーキンソン病の分子病態とDisease Modifying Therapy

京都大学大学院 医学研究科 臨床神経学 教授 高橋 良輔 先生

2. 腸内細菌による免疫系制御メカニズムと新規治療法開発への展望

慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授 本田 賢也 先生

3. 関節リウマチの発症前後のメカニズム

東京大学大学院 医学系研究科 内科学専攻 アレルギー・リウマチ学 教授 山本 一彦 先生

4. 血管内皮生物学の基礎研究と臨床応用

名古屋大学大学院 医学系研究科 病態内科学講座 循環器内科学 教授 室原 豊明 先生

1. パーキンソン病の分子病態とDisease Modifying Therapy

京都大学大学院 医学研究科 臨床神経学 教授 高橋 良輔 先生

 パーキンソン病(PD)はアルツハイマー病に次いで多い神経変性疾患であり、我が国の患者数は15~18万人と推定される。高齢者に好発し、振戦、運動緩慢、筋強剛に代表される進行性の運動症状を主徴とするが、自律神経症状や精神症状下などの非運動症状も重要な特徴である。PDは90%以上が孤発性であるが、5~10%は家族性に発症し、遺伝性と考えられる。過去20年ほどの間に家族性PDの病因遺伝子が続々と同定され、謎に包まれてきたPDの神経変性メカニズムが分子レベルで明らかになってきた。常染色体PDの責任遺伝子αシヌクレインは孤発性PDの病理学的特徴であるレヴィ小体の主要構成成分で、異常凝集化することで、常染色体劣性遺伝性PDの原因遺伝子Parkin,PINK1の変異はミトコンドリアの品質管理機構を障害することで、神経変性を引き起こすと考えられている。遺伝子の解析からわかってきたパーキンソン病の分子病態と、その理解に基づくDisease Modifying Therapyの展望について概説する。

2. 腸内細菌による免疫系制御メカニズムと新規治療法開発への展望

慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授 本田 賢也 先生

 哺乳類の腸管には、約1000種の細菌種が存在しており、全体として腸内フローラを構成している。最近の次世代シーケンサーを用いた腸内フローラ解析から、炎症性腸疾患、糖尿病、肝硬変など、様々なヒト疾患と腸内フローラの菌種構成異常が密接に関連していることが明らかとなってきている。腸内フローラの異常は「dysbiosis」とよばれており、腸内フローラ全体として保有する遺伝子数が減少し、全体として機能的に劣った細菌構成となっていることが多い。そしてdysbiosisが、ある種の疾患の「原因」となり、その改善が極めて有効な治療法となることが、便移植の臨床治験などから明らかとなっている。dysbiosisがなぜ疾患に結びつくのか、その理由の一つとして想定されているのは、免疫系の恒常性がdysbiosisによって破綻するというものである。この考えは、「ノトバイオートマウス」を用いた還元型の研究結果がもとになっている。本講演では免疫系を中心に、徐々に明らかになりつつある腸内フローラの宿主への影響に関する知見を紹介し、腸内フローラを標的とした新規治療法の可能性について議論したい。

3. 関節リウマチの発症前後のメカニズム

東京大学大学院 医学系研究科 内科学専攻 アレルギー・リウマチ学 教授 山本 一彦 先生

 関節リウマチ(rheumatoid arthritis:RA)は、遺伝要因と環境要因の相互作用により惹起された自己免疫応答と慢性炎症が複数の関節滑膜に生じ、進行性の破壊性関節炎にいたる疾病である。さらに間質性肺炎や血管炎などが併発することがある。環境要因としては、特に喫煙や歯周病が注目されている。代表的な自己抗体は抗シトルリン化ペプチド抗体(Anti-citrullinated peptide antibodies:ACPA)である。蛋白中のアルギニン残基がシトルリン残基に変換されたものが抗原決定基(エピトープ)である。測定感度を上げた人工的な環状シトルリン化ペプチト(CCP)に対する抗体の測定法が広く用いられ、抗CCP抗体と称されている。特異性は90%以上である。ACPAはRAの発症前から認められ、発症の直前にACPAの反応エピトープが拡大することが報告されている。すなわち、RA発症前の免疫異常を示す「前関節炎相」、病態が関節に集中する「移行相」、関節炎が慢性化する「関節炎相」のステップで発症と病態が形成されるという仮説が提唱されている。これらの関連について概説したい。

4. 血管内皮生物学の基礎研究と臨床応用

名古屋大学大学院 医学系研究科 病態内科学講座 循環器内科学 教授 室原 豊明 先生

 血管内皮細胞は恒常的に一酸化窒素(NO)を放出しており、血管の収縮弛緩のコントロールに重要な役割を果たしている。我々は以前に、血管再生成長因子であるVEGFが内皮細胞の増殖・遊走のみならず、NO産生を刺激することや、VEGFとNO が相補的な関係で内皮の恒常性を維持していること、NOが血管新生に必須であること等を示してきた。さらに内皮前駆細胞(EPC)の発見は、その後の血管内皮細胞の分化様式の研究や、骨髄細胞を用いた血管再生療法の臨床応用研究のきっかけとなった。さらに最近では、血管新生を抑制する VEGF165a の新しいスプライシング・バリアントも発見されており、VEGFや前駆細胞を取り巻く血管生物学研究は常に新しい情報に満ちている。このような血管内皮生物学研究の潮流に身を任せて来た、私のこれまでの研究を紹介したい。