第38回シスメックス学術セミナー(2015年度)講演要旨

~造血器腫瘍診断の未来像~ ゲノム時代に形態学は生き残れるか ~形態学 vs 遺伝子学 ~

座長:
長崎原爆病院 名誉院長 朝長 万左男 先生
大学評価・学位授与機構 中原 一彦 先生

1. 血液細胞形態学の“State of the Art”を探る、そして形態学の延命を知る

長崎原子爆弾被爆者対策協議会 栗山 一孝 先生

2. 白血病の診断・治療における遺伝子検査の役割

名古屋大学大学院 清井 仁 先生

3. 悪性リンパ腫管見 ー かたち ー 疾病発見

名古屋大学大学院 中村 栄男 先生

4. 悪性リンパ腫の遺伝子異常は、病理診断の夢を見るか?

島根大学医学部附属病院 鈴木 律朗 先生

1. 血液細胞形態学の“State of the Art”を探る、そして形態学の延命を知る

長崎原子爆弾被爆者対策協議会 栗山 一孝 先生

 MDS/白血病の病態・病因研究は、分子・遺伝子レベルで急速に進展している。その研究成果は、診断においても分子・遺伝子診断として広く活用されるようになってきた。WHO分類は染色体異常・遺伝子変異を組み込み、形態学(phenotype=表現型)から遺伝子(genotype=遺伝子型)へという流れを強く意識させる分類法である。今後の改訂でもこの傾向は加速していくと見込まれる。この流れは血液細胞形態学の意義をますます低下させ、細胞形態学のみによるMDS/白血病の確定診断は難しくなってゆく。MDS/白血病が遺伝子変異によって起こるのであれば自明のことである。このような趨勢にあって血液細胞形態学は延命することができるのか?まずは形態学の“State of the Art ”を探り,MDS/白血病の診断に活かしていく方策を考えてみたい。

2. 白血病の診断・治療における遺伝子検査の役割

名古屋大学大学院 清井 仁 先生

 分子生物学的な細胞解析技術の進歩により、悪性腫瘍の発症・進展に関与する多くの分子異常が明らかにされてきている。特に、次世代型シークエンサーの登場によりゲノムレベルでの詳細な遺伝子異常が明らかにされるとともに、high-throughputな遺伝子変異解析が可能となってきていることから、遺伝子変異に基づくがんの層別化や治療選択が一般臨床においても実現可能となってきている。白血病に代表される造血器腫瘍は、比較的容易に腫瘍細胞を採取することが可能であることもあり、分子病態に基づく診断基準、予後層別化、標的治療薬をはじめとする個別化治療への実用化が最も進んでいる。しかし、一方で、遺伝子変異の獲得状態においては複数の腫瘍細胞クローンが存在することや、腫瘍発症前のBackground/initiation変異獲得クローンが存在することなど、分子病態のみに依存する臨床的診断の問題点も明らかになってきている。本講演では、白血病における遺伝子検査の現状と問題点を考察する。

3. 悪性リンパ腫管見 ー かたち ー 疾病発見

名古屋大学大学院 中村 栄男 先生

 “かたち”とは、視覚により認識される情報の総称である。深く診断にかかわるものとして、患者の年齢・性別、病変の解剖学的部位・分布、肉眼形、割面の性状・質度、組織構築、細胞性状、特定分子の発現の有無・細胞内分布、さらに治療に対する反応性などが挙げられる。いうまでもなく疾病、特に悪性腫瘍は遺伝子病とみなされる。日々、分子診断の重要性が強調される。しかしながら、生物現象としての疾病は、特定の分子の働きのみにより規定されるものではない。細胞の分化・成熟段階など、膨大な遺伝子種の相互作用の上に成立するものであり、生体をとりまく環境要因にも大きく依拠するものといえる。単純な分析よりも統合的認識としての“かたち”は、常に診断学の基本である。現在の悪性リンパ腫診断は、WHO分類が基準である。基本的な思想は“疾病の発見”であり、まず“かたち”をもって顕微鏡下で認識されたもので ある。

4. 悪性リンパ腫の遺伝子異常は、病理診断の夢を見るか?

島根大学医学部附属病院 鈴木 律朗 先生

 悪性リンパ腫は現在さまざまな病型に分類され、近年では治療方針も病型ごとに変える必要性が明らかになった。また病型にはある程度のスペクトラムがあり、典型例は容易に診断できても境界例は問題になることも稀ではない。このため、悪性リンパ腫の病理診断の客観化は現代の悪性リンパ腫診療にとって必要性の高い課題となった。一方、悪性リンパ腫では病型特異的な染色体転座から数多くの遺伝子異常が明らかにされ、サイクリンD1の過剰発現はマントル細胞リンパ腫の定義に使用されている。また、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫では遺伝子発現パターンによるGCB/ABCの細分類が、分子標的療法の治療選択決定に必要とされる時代がそこまで来ている。こうした遺伝子異常の情報は免疫染色という形で病理診断の一部となり得るが、形態で判別することはほぼ不可能である。新知見の蓄積により、将来は様々な遺伝子検索で病型診断が可能になるかもしれない。そうした未来では、免疫染色や遺伝子検査がルーチンで行われ、形態所見との対比が専門家によって研究されて方針が決 定されるのであろう。