第33回シスメックス学術セミナー(2010年度)講演要旨

遺伝子検査の最前線

座長:
東京大学 矢冨 裕 先生
大学評価・学位授与機構 中原 一彦 先生

1. 遺伝子検査の現状と将来展望 ー臨床検査室の新たな役割ー

東海大学医学部基盤診療学系臨床検査学 教授 宮地 勇人 先生

2. 感染症と遺伝子検査

東京大学医科学研究所 教授 岩本 愛吉 先生

3. 造血器腫瘍の遺伝子検査 ー基礎とその実際ー

東京大学医学部附属病院 臨床検査技師長 横田 浩充 先生

4. オーダーメイド医療の実践 ー検査と治療のリエゾンー

三重大学大学院医学系研究科検査医学分野 教授 登 勉 先生

1. 遺伝子検査の現状と将来展望 ー臨床検査室の新たな役割ー

東海大学医学部基盤診療学系臨床検査学 教授 宮地 勇人 先生

 遺伝子(関連)検査が対象とする情報は増大し、その利用は急速に拡大している。遺伝子検査は感染症と白血病の領域を中心に定着し、近年は、がんの領域で診断薬の開発と実用化が目覚ましい。分子標的療法の登場に伴い、治療薬の選択、効果予測に用いる遺伝子検査が保険診療で利用可能となり、適用が拡大している。さらに、薬物反応性や生活習慣病の疾患罹患性など個体差に影響する遺伝子多様性が解明され、その成果を用いたリスクの判別と個別的予防に利用が開始されている。すなわち、臨床検査は診断に加え、個別医療に密接に関与する時代が到来した。全ての医療機関で、遺伝子検査を利用する機会が増加し、各臨床検査室は、施設内測定実施の有無に係らず、遺伝子検査の(相談)窓口となり、また適正利用の指導に重要な役割を担う。全ての検査関係者には、従来検査(血液、微生物、血清等)や治療との関係を含めた検査意義・適応から、検体の採取・保存・搬送、測定・結果解釈、報告・利用まで全工程における正しい知識、理解が必要となる。本講演では、遺伝子検査の現状と将来展望、特に臨床検査室が担う新たな役割について述べ、そこで必要な実践的知識として、適正実施のための関連ガイドラインのポイントについて解説する。

2. 感染症と遺伝子検査

東京大学医科学研究所 教授 岩本 愛吉 先生

 PCR法の開発やヒトゲノムプロジェクト等により、遺伝子解析技術が急速に進歩した。分離同定に手間やコストがかかるウイルスや、そもそも分離培養技術が開発されていない微生物であっても、遺伝子を検出したり、コンピューターによって遺伝子の相同性を検索したりすることが容易となった。臨床診断や血清診断に頼っていたウイルス性疾患も、ウイルスゲノムを直接の検査対象とすることによって、特異抗体が陽転する以前でも診断可能となり、また、HIVやHCVにおいては、血中ウイルスの定量法が病態解析や治療効果の判定に役立てられるようになった。さらに、抗ウイルス薬の進歩したHIVやHBVなどにおいては、ウイルスゲノムを使った薬剤耐性検査がルーチンに行われるようになった。微生物の遺伝子を対象とした検査・診断技術を中心に、研究面、感染症における宿主ゲノムの役割についても可能な範囲で言及したい。

3. 造血器腫瘍の遺伝子検査 ー基礎とその実際ー

東京大学医学部附属病院 臨床検査技師長 横田 浩充 先生

 造血器腫瘍の遺伝子検査は相当の設備と要員、技術を要し、収益性の視点からは院内実施、検査項目の拡張には制約がかかる。一方で、先端医療を支える遺伝子検査の導入や開発は大学病院臨床検査部門の使命である。本検査は造血器腫瘍の迅速診断、治療法の決定、予後判定、治療効果判定に広く利用されている。その代表として慢性骨髄性白血病(CML)を対象としたBCR-ABL1 mRNAの検出や急性前骨髄球性白血病(APL) を対象としたPML-RARα mRNAの検出がある。これらの白血病には極めて有効な分子標的療法が存在することから、正確な診断のためにも遺伝子検査が必須となる。Ph陽性の急性リンパ性白血病(ALL)や好酸球増多症候群(HES)においても同様である。近年では光学顕微鏡による検査では検出困難な微少残存病変(minimal residual disease:MRD)の量に対する治療の層別化が明らかになり、Real-time RT-PCR法を用いたMRDの定量が必須となっている。さらには、遺伝子変異解析の有用性が確立した。すなわちABL1 mRNA の変異解析はイマチニブ耐性症例に対して、FLT3遺伝子変異の検出は急性骨髄性白血病(AML)に対する予後判定の側面から、JAK2 遺伝子変異の検出は骨髄増殖性疾患の診断に利用されている。一方で、標準的な検査法が存在せず、外部精度管理が実施されていないという問題がある。本講では造血器腫瘍の遺伝子検査について、基礎とその実際を当院での知見を交え報告したい。

4. オーダーメイド医療の実践 ー検査と治療のリエゾンー

三重大学大学院医学系研究科検査医学分野 教授 登 勉 先生

 ヒトゲノム配列の解読完了に続いて、ゲノム情報に基づく医療の実現が期待されており、オーダーメイド医療、テーラーメイド医療、個別化医療等々、様々に呼称されている。基本的には、究極の個人情報である個々人のゲノム配列情報を医療に応用することである。塩基配列決定に関連する技術やサービスは長足の進歩を遂げつつあり、また、より網羅的に一塩基多型解析を可能とするDNAマイクロアレイや簡便で迅速な新技術が、臨床応用の段階にある。ゲノムの個人差を検出する技術の進歩に比し、遺伝関連検査の臨床的有用性の証明は遅れている。分子標的薬の開発とPharmacogenomics (PGx)研究が、オーダーメイド医療の推進役になる可能性が高い。研究から診療への橋渡しには検査が必須であり、特に遺伝関連検査の臨床運用については標準化や人材育成が重要である。ゲノム情報に基づく医療の実践を目指して2005年に設置した三重大学附属病院オーダーメイド医療部の活動を紹介し、臨床検査部門が果すべき役割について考察する。