第32回シスメックス学術セミナー(2009年度)講演要旨

自己免疫疾患 ~研究の最前線と臨床検査の進歩~

座長:
神戸大学 熊谷 俊一 先生
早稲田大学理工学術院 浅野 茂隆 先生
東京大学 矢冨 裕 先生

1. 酸化ストレスと免疫・アレルギー疾患;チオレドキシンの役割

京都大学ウイルス研究所生体応答学研究部門感染防御研究分野 教授 淀井 淳司 先生

2. 自己抗体の産生機序と病態形成機序

京都大学大学院医学研究科内科学講座臨床免疫学分野 教授 三森 経世 先生

3. 抗リン脂質抗体症候群の病態と臨床検査

北海道大学大学院医学研究科内科学講座・第二内科 講師 渥美 達也 先生

4. 関節リウマチ診療の進歩と臨床検査

神戸大学大学院医学研究科臨床検査医学分野/免疫・感染内科学分野 教授 熊谷 俊一 先生

1. 酸化ストレスと免疫・アレルギー疾患;チオレドキシンの役割

京都大学ウイルス研究所生体応答学研究部門感染防御研究分野 教授 淀井 淳司 先生

 地球上の生命は酸素をエネルギー源として用いることと引き換えに、絶えず酸素の毒性、酸化ストレスに曝されている。また、酸化ストレスを防御する仕組みである酸化還元調節[レドックス制御]の破綻が種々の疾患の原因になることが実証されてきた。ヒトチオレドキシン(Thioredoxin:TRX)は成人T細胞白血病細胞由来因子として同定され、その後の研究からレドックス制御作用のあるストレス応答分子であることや、多様な機構で免疫・アレルギー反応や炎症をコントロールする炎症制御タンパク質であることが明らかとなった。TRXはいろいろなストレスで細胞から放出されて血清中で濃度が上昇するため、細胞レベルや個体レベルのストレス応答のバイオマーカーとして有用であることが知られている。また、HIVによるエイズやHCVによるC型肝炎などのウイルス感染症や自己免疫疾患、循環器疾患などで炎症やバイオストレス生体応答の指標として疾患の診断や、特に予後や治療効果判定に役立つことが期待されている。

2. 自己抗体の産生機序と病態形成機序

京都大学大学院医学研究科内科学講座臨床免疫学分野 教授 三森 経世 先生

 膠原病を代表とする全身性自己免疫疾患は自己の細胞核成分と反応する多種類の自己抗体(抗核抗体)の産生を特徴とする。特異的抗核抗体には特定の疾患や臨床像と密接に関連するものが多く、臨床診療上有力な情報を与えてくれる。対応自己抗原の多くは遺伝子の複製、転写、プロセッシング、翻訳など細胞の基本的な生命現象に関与する酵素あるいは調節因子である。自己抗原の詳細な構造と生物機能の解明は、自己抗体の産生機序と病因的意義を考察するうえで重要な知見を与えてくれる。しかし、これまで全身性自己免疫疾患に見出される抗核抗体の多くは直接の病原性が明らかでなく、むしろ原因というよりも単なる疾患の“レポーター”と見なされる傾向があった。しかしながら、一部の自己抗体には病原性が想定されるものもあり、また抗体産生機序や病態形成に重要な手掛かりを与えることが期待される抗体もある。我々は、中枢神経性ループス(NPSLE)患者の髄液中で抗U1RNP抗体が血清よりも濃縮されていることを見いだし、同抗体の中枢神経症状発症における役割を想定している。本講演では、かかる自己抗体の産生機序と病態形成への関与について自験データを含めてレビューし、自己抗体の意義を述べる。

3. 抗リン脂質抗体症候群の病態と臨床検査

北海道大学大学院医学研究科内科学講座・第二内科 講師 渥美 達也 先生

 抗リン脂質抗体症候群(APS)は、自己免疫血栓症あるいは自己免疫妊娠合併症と理解され、患者血中に存在する一群の抗リン脂質抗体は病原性自己抗体であると認識されている。一方、in vitroでは抗リン脂質抗体は「ループスアンチコアグラント」、すなわち抗凝固作用をもっており、特になぜ血栓傾向と相関するのか謎とされてきた。抗リン脂質抗体の抗原特異性は多様であるが、おもな対応抗原は、リン脂質に結合しβ2-グリコプロテインIとプロトロンビンである。これらの抗リン脂質抗体は液相でも条件によって向凝固の作用をもつ。また、向血栓細胞を活性化して、外因系凝固因子のイニシエータである組織因子を誘導してトロンビン生成を促進する。もしその制御が可能となれば、より特異的な治療法の開発が可能となる。一方、抗リン脂質抗体測定の臨床検査はAPSの診断のために行われる。抗リン脂質抗体は免疫学的にも機能的にも多様な自己抗体群で、どのように抗リン脂質抗体を同定するかはAPSの概念の提唱以来の重大な問題であった。ループスアンチコアグラントやAPSの診断基準はコンセンサスのもとで存在はするものの、多くの議論を残している。本講演では、まずAPSの病態を論じて、次にそれらの根拠になり、かつ日常の診断に必要な抗リン脂質抗体検査について現在までの知見を紹介する。

4. 関節リウマチ診療の進歩と臨床検査

神戸大学大学院医学研究科臨床検査医学分野/免疫・感染内科学分野 教授 熊谷 俊一 先生

 抗TNFα薬などが使用可能となり、関節リウマチ(RA)治療の目標が「関節機能を長持ちさせる」から「関節障害を起こさせない」に変わり、治癒(cure)への道が開かれつつある。しかしながら、その使用にあたっては、早期の診断確定と進行性予測が重要である。感度・特異度がともに優れ早期に確実に診断できる検査(diagnostic tests)、活動性や治療効果の判定のための検査(evaluative tests)、および進行性予測のための検査(prognostic tests)の開発が望まれてきた。抗CCP抗体は、リウマチ因子(RF)に比べ特異度が高く有意に診断能が優れているが、早期患者での陽性率は必ずしも高くない。進行性予測には、RF、CRPや赤沈、関節X線変化などに加え、抗CCP抗体やMMP-3が期待される。関節エコーがRAの診断や活動性把握に有用であり、RA診療に臨床検査の果たす役割は大きい。