第31回シスメックス学術セミナー(2008年度)講演要旨

疾患マネジメントからみた医科学と検査医学の接点 ー骨髄の医科学ー

座長:
長崎大学 朝長 万左男 先生
早稲田大学理工学術院 浅野 茂隆 先生
名古屋大学 直江 知樹 先生

1. 骨髄検査の多様化と進化;ICSHによる骨髄検査の国際標準化の試み

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 教授・研究科長 朝長 万左男 先生

2. 慢性骨髄増殖性疾患におけるJAK2遺伝子変異

宮崎大学医学部内科学講座消化器血液学分野 教授 下田 和哉 先生

3. 骨髄における造血幹細胞の維持機構

慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座発生・分化生物学教室 教授 須田 年生 先生

4. 白血病(がん)幹細胞研究は何をもたらすか?

名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学血液・腫瘍内科学 教授 直江 知樹 先生

1. 骨髄検査の多様化と進化;ICSHによる骨髄検査の国際標準化の試み

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 教授・研究科長 朝長 万左男 先生

 骨髄検査の国際標準化をめざすワーキングループが結成されて検討が始まっている。骨髄穿刺と骨髄生検という二つの方法によって、臓器としての骨髄の採取がいかに確実になされるかは、血液病の診断において重要な課題となってきている。意外なことに、その国際標準法が定まっていない。穿刺と生検は常に並行して行うべきか?骨髄生検はどのくらいの長さであるべきか?骨髄穿刺で得られた骨髄液の塗抹標本作製法も一定していない。骨髄組織片のparticle smear作成をルーテイン化すべきか?標準染色法(特殊染色)は何か?またフローサイトメトリー法の標準化も大きな課題を抱えている。血液検査室からレポートすべき骨髄の所見(異常所見)の標準フォーマットは?現在、欧米・アジア・オーストラリアの専門家によって標準化の叩き台が作られつつあり、これを紹介しながら、わが国の骨髄検査における問題点を参加者とともに考えていく機会としたい。

2. 慢性骨髄増殖性疾患におけるJAK2遺伝子変異

宮崎大学医学部内科学講座消化器血液学分野 教授 下田 和哉 先生

 正常の制御を逸脱し赤血球産生が亢進する真性多血症、血小板産生が亢進する本態性血小板増多症、巨核球産生が増加し、反応性の間質の線維化が生じる原発性骨髄線維症はそれぞれ独立した疾患であるが、臨床症状は、骨髄は過形成、末梢血では一系統以上の血球が増加、芽球の増加はない、脾臓、肝臓において高率に髄外造血を認めるなど類似しており、慢性骨髄性白血病とともに、慢性骨髄増殖性疾患に分類される。真性多血症のほぼ全例、本態性血小板増多症、原発性骨髄線維症の半数にJAK2の遺伝子変異が存在する。JAK2はサイトカインのシグナル伝達に必須なチロシンキナーゼであり、JAK2が欠損したマウスは著明な貧血をきたす。JAK2の遺伝子変異の結果、本来ならサイトカインの刺激に応じ活性化されるJAK2が、サイトカインの刺激が無い状態でも恒常的に活性化され、下流の増殖シグナルを活性化し、正常の制御をはずれた自律的な細胞増殖を引き起こす。慢性骨髄性白血病ではBCR-ABL融合遺伝子の形成によりABLが恒常的に活性化されており、慢性骨髄増殖性疾患は、チロシンキナーゼの恒常的活性化により生じる病態と考えられる。

3. 骨髄における造血幹細胞の維持機構

慶應義塾大学医学部坂口光洋記念講座発生・分化生物学教室 教授 須田 年生 先生

 成体における造血は骨髄で営まれる。10種類もの血液細胞の元になる造血幹細胞は、再び幹細胞を産み出す(自己複製する)能力をもつという点において、使い切りの前駆細胞と区別される。幹細胞は自律的にその生存が維持されているのではなく、幹細胞をとりまく環境(ニッチ)が大きな役割を担っている。骨髄におけるニッチ細胞は、骨芽細胞、血管内皮細胞、さらには幹細胞以外の前駆細胞を含む造血細胞からなると考えられる。近年、造血幹細胞は、骨梁表面の骨芽細胞に接着して存在することが明らかとなり、造血研究と骨生物学がリンクした。我々は、成体骨髄において、はじめて静止期(G0 細胞周期)が現れること、Tie2受容体陽性の造血幹細胞が、骨内表面上に骨芽細胞に接して存在することを見出した。骨芽細胞からTie2受容体の結合因子であるアンジオポエチン(Ang-1)が産成され、N-カドヘリンの発現を介して細胞接着を促し、幹細胞を静止期にとどめている。また、Ataxia teleangiectasia mutated (ATM)遺伝子の欠損マウスの解析を通して、造血幹細胞の自己複製能の低下を見出した。ATK KOの造血幹細胞においては、活性酸素(ROS)が上昇しており、これを還元剤投与によって低下させると、幹細胞の機能が正常に復した。下流のシグナルには、p38MAPK, p16INK4aなどの因子が関与していることも明らかとなった。この活性酸素に弱い性質は、幹細胞の特殊な代謝状態にあることと関連する。言い換えれば、幹細胞は酸素飽和度の低い骨梁表面(endosteal  zone)に存在して、分裂を抑制していると考えられる。講演では、幹細胞が骨芽細胞ニッチから離脱する際、ROSが関与している可能性について言及し、がん幹細胞の動態についても言及したい。

4. 白血病(がん)幹細胞研究は何をもたらすか?

名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学血液・腫瘍内科学 教授 直江 知樹 先生

 分子生物学的研究は、白血病(あるいは“がん”)の成り立ちをシグナル伝達・転写・生存などの制御破綻として理解することを可能としたが、腫瘍細胞にヒエラルキー(分化階層性)があると考えた学者はほとんどいなかった。おおよそ10年前、免疫不全マウスにヒトAML細胞を移植する系において、白血病を移植しうる分画は、正常造血幹細胞分画と同じCD34+CD38-であることが報告された。これ以後、乳癌、肺癌、脳腫瘍などでも続々と、免疫不全マウスに異種移植しうる未分化な分画が同定され、これらは“がん幹細胞”として注目を集めている。このような分画がどのようにコントロールされているか、あるいは癌の維持にも関わるのかなど、解決すべき多くの問題がある。臨床面からは、残存腫瘍やがん転移に関わる細胞として、また根治を目指す治療標的として、熱い視線が注がれている。