第28回シスメックス学術セミナー(2005年度)講演要旨

血液疾患の分子生物学的基礎 ーどこまで明らかになったかー

座長:
名古屋医療センター 齋藤 英彦 先生

1. 白血病の分子病態

名古屋大学大学院医学系研究科 病態内科学講座 分子細胞内科学 教授 直江 知樹 先生

2. 悪性リンパ腫の分子基盤

関西医科大学 第一内科学講座 教授 福原 資郎 先生

3. 血小板異常症の分子基盤

広島大学大学院医歯薬学総合研究科 病態薬物治療学講座 血液・腫瘍科 教授 藤村 欣吾 先生

4. 凝固異常症研究の進展

国立循環器病センター研究所 病因部 部長 宮田 敏行 先生

1. 白血病の分子病態

名古屋大学大学院医学系研究科 病態内科学講座 分子細胞内科学 教授 直江 知樹 先生

 白血病は比較的容易に採取・解析が可能であるので、腫瘍の中でも、最も対象に肉薄した研究が進められてきた。白血病に伴う染色体転座や遺伝子変異は、全くランダムに起こるのではなく、例えばAMLであれば、骨髄系の細胞分化に関わる転写因子群および増殖・生存に関わるシグナル分子群に集中している。現在の研究は、それら遺伝子産物が正常造血においてどのような役割を果たしているのか、変異産物はどのように白血病を起こすのかを明らかにする方向で進められている。また、造血幹細胞の自己複製と分化に関する分子メカニズムにも多くの注目が集まっている。自己複製と分化停止は腫瘍の特徴でもあり、新しい治療法開発の糸口になるかもしれない。さらに、これらの分子病態に基づく治療法、すなわち分子標的治療法が精力的に開発されており、ATRA、イマチニブは、治療成績を大きく改善してきた。分子病態の理解は、分類・治療を考える上での基盤である。

2. 悪性リンパ腫の分子基盤

関西医科大学 第一内科学講座 教授 福原 資郎 先生

 新WHO分類におけるリンパ系腫瘍には、起源となる細胞系列からB細胞腫瘍(B-cell neoplasms)とT細胞腫瘍 (T-cell neoplasms)、および細胞系列不明のホジキンリンパ腫 (Hodgkin Lymphoma) が含まれる。BおよびT細胞腫瘍には、さらに前駆細胞腫瘍 (precursor B-cell and T-cell Neoplasms) と成熟細胞腫瘍 (mature B-cell Neoplasms, mature T and NK-cell Neoplasms) が含まれる。前駆細胞腫瘍は急性白血病の臨床病態を採る傾向が強い。成熟細胞腫瘍の病態は多彩であり、それらを構成する多様な疾患の存在を示唆する。伝統的に腫瘤を形成するリンパ系腫瘍を悪性リンパ腫と呼んでいる。リンパ系腫瘍の発生機転には、リンパ球の分化成熟過程に作用する内因性と外因性要因が明らかにされている。内因性要因の代表には、成熟B細胞腫瘍に好発する14番染色体の長腕末端部 (14q32) の転座がある。14q32転座の本体はIgH遺伝子転座であり、近接したパートナー遺伝子を恒常的に活性化する。パートナー遺伝子は、主に生存や細胞周期または増殖に関与する。外因性要因となる造腫瘍性ウイルスにはEB-virusとHTLV-1がある。最近では、環境因子を重視した免疫不全関連リンパ増殖性疾患が注目されている。本講演では、代表的な成熟細胞腫瘍の分子基盤を解説する。

3. 血小板異常症の分子基盤

広島大学大学院医歯薬学総合研究科 病態薬物治療学講座 血液・腫瘍科 教授 藤村 欣吾 先生

 血小板異常には大別して数的異常と質的異常がある。数的には増加症と減少症、質的には血小板機能に関係した、例えば粘着能、凝集能、放出能の異常に分類される。臨床症状としては出血、或いは血栓症状が問題となる。臨床的にこれら異常症の中で発症機序が分子的基盤で明らかにされている疾患は、ほとんどが遺伝性の疾患である。ここではこれら異常症の中でなるべく多くの疾患を取り上げ、分子生物学的に現在まで明らかにされた発症原因を紹介する。多くは機能蛋白質をコードする遺伝子の変異がその原因であり、塩基置換、塩基の挿入、欠失などにより蛋白発現の欠如ないし低下、あるいは機能異常を来たすことにより疾病が発症する。事実これらの異常による機能異常、低下を研究室で再現することが可能である。これら遺伝性疾患の研究は正常血小板産生機構、血小板機能発現、制御機構の解明に役立つと共に、後天性血小板疾患の診断、治療法の開発にも有用となっている。

4. 凝固異常症研究の進展

国立循環器病センター研究所 病因部 部長 宮田 敏行 先生

 凝固反応は多くの因子が関与する複雑なシステムであり、正常な血管内では凝固が起こらないように精緻に制御されている。凝固因子の先天性欠損症は、出血症状を示し、古くは出血性症例の解析から、“凝固カスケード機構”が提唱された。血液凝固異常症の中でも、第VIII因子や第IX因子の欠損症である血友病は、患者数が多いこともあり、特に詳しく研究された。その後、静脈血栓症に凝固制御因子欠損症が多くみられるという観察を契機に、凝固制御因子の欠損による血栓症が注目を浴びるようになった。欧米では、第V因子Leiden変異という一般住民に数パーセントある変異が、静脈血栓症の危険因子であることが明らかとなり、次いでプロトロンビンの血中量が増加する遺伝子変異も血栓症の危険因子であることが明らかになっている。また、ごく最近出血傾向を示すFamilial Multiple Coagulation Factor欠損症家系の解析から、ビタミンK酸化還元酵素がクローニングされた。
本講演では、このような凝固異常症の研究成果をまとめ、最近の成果のインパクトを紹介したい。