第27回シスメックス学術セミナー(2004年度)講演要旨

造血幹細胞疾患[MDS・AA・PNH]の最新知見をめぐって

座長:
長崎大学 朝長 万左男 先生

1. 再生不良性貧血の基礎と臨床

名古屋大学大学院医学系研究科 発達・加齢医学講座小児科学 教授 小島 勢二 先生

2. 前白血病としての発作性夜間血色素尿症(PNH)の分子病態

和歌山県立医科大学 輸血・血液疾患治療部 教授 中熊 秀喜 先生

3. 骨髄異形成症候群の診断と分類

埼玉医科大学 内科学 血液内科部門 教授 陣内 逸郎 先生

4. 造血幹細胞システムはどこまでわかったか

ハーバード大学医学部 ダナファーバー癌研究所 腫瘍免疫・エイズ学 助教授 赤司 浩一 先生

1. 再生不良性貧血の基礎と臨床

名古屋大学大学院医学系研究科 発達・加齢医学講座小児科学 教授 小島 勢二 先生

 再生不良性貧血は、末梢血における汎血球減少と骨髄低形成を主徴とする疾患群である。その多くは原因不明で特発性再生不良性貧血に分類される。多くの再生不良性貧血は免疫機序による血液幹細胞の障害が考えられており、実際、免疫抑制療法で半数以上の症例は造血能の回復が得られている。現在は、細胞障害性T細胞を認識する血液幹細胞上の自己抗原の同定が研究の焦点となっている。わが国においても、最近は再生不良性貧血に対する免疫抑制療法として、抗胸腺細胞グロブリン(ATG)とシクロスポリンによる併用療法が、HLA適合血縁ドナーが得られない再生不良性貧血患者に対して選択されている。免疫抑制療法後の長期生存例には、発作性夜間血色素尿症や骨髄異形成症候群/急性骨髄性白血病への移行や、反応してもその後の再発が多いなど、問題点も少なくない。わが国の再生不良性貧血に対するHLA一致同胞間移植の長期生存率は、小児では90%以上、成人においても80%~90%に達し、良好な結果が得られている。非血縁者間同種骨髄移植の累積症例数は300例に達したが、HLA一致同胞間移植と比較し、生着不全や重症急性GVHDの頻度が高く、最適な前治療法やGVHD予防法の開発が望まれている。

2. 前白血病としての発作性夜間血色素尿症(PNH)の分子病態

和歌山県立医科大学 輸血・血液疾患治療部 教授 中熊 秀喜 先生

 発作性夜間血色素尿症(PNH)は後天性造血幹細胞疾患の一つで、補体に弱い赤血球の出現と血管内溶血による血色素尿を特徴とし、溶血は睡眠や感染症などに伴い亢進する。また血栓症も発生し欧米では主死因となる。さらに造血不全や白血病を併発するため、再生不良性貧血(AA)や骨髄異形成症候群と共に骨髄不全症候群と呼ばれる。病型には溶血が明瞭な古典的PNHに加えてAAから発症してくるPNH(AA-PNH症候群)が知られ、また多くの後天性クローン性疾患と同様に自然寛解がある。このようにPNHは血液難病との関わりが深く、溶血、貧血、補体、クローン性、幹細胞、造血不全、白血病など時代を映すキーワードを開示しつつ1世紀以上にわたり血液、免疫、腫瘍領域において話題を提供して来た。本セミナーでは約130年目に判明した溶血の全容、また造血不全発生やPNHクローン拡大の機序などに関する最近の知見を紹介しながらPNHの前白血病としての分子病態を検証する。

3. 骨髄異形成症候群の診断と分類

埼玉医科大学 内科学 血液内科部門 教授 陣内 逸郎 先生

 骨髄異形成症候群(MDS)はFAB分類により確立したカテゴリーであり、臨床の現場ではその診断は主に形態と染色体分析によりなされている。しかし、染色体異常は全例にみとめるわけではなく、形態診断の重みは大きい。新たにMDSのWHO分類が提唱されたが、それはFAB分類を基本に、7病型に再編したものである。その大きな変更点は、 RAEB-Tの廃止と、 FAB分類のRAとRARSを赤血球系の異常が主体のもの(WHO-RA、WHO-RARS)と形態異常が多血球系にみられるもの(RCMD、 RCMD-RS)に分けたこと、である。FAB分類のRAは臨床的に広いカテゴリーであり、それを形態学的特徴と予後を結びつけて分類した意義は大きい。しかし、現段階のその分類基準は不明瞭であり、直ちに臨床現場に応用できるものではない。一方、WHO-RAには MDS以外の貧血性疾患が混入してくる恐れがある。本セミナーではこれらの問題に触れながら、MDSの形態診断について解説する。

4. 造血幹細胞システムはどこまでわかったか

ハーバード大学医学部 ダナファーバー癌研究所 腫瘍免疫・エイズ学 助教授 赤司 浩一 先生

 生体内には各種の体性幹細胞システムが存在し、自己複製と多系統への分化能力を有する臓器特異的幹細胞群が、生体の恒常性を維持していると考えられている。なかでも造血幹細胞システムは、その源となる造血幹細胞およびその下流にある各種前駆細胞群が完全に純化されているため、その恒常性維持機構を詳細に解析することが可能である。造血幹細胞はいかにして自己複製をコントロールしているのか、多系統の分化能力はどのように維持されているのか、分化決定の後も他の系統へ系統転換する可塑性を維持することができるのか、という従来からの疑問に対し、急速に理解が進んでいる。さらに癌性幹細胞(Cancer stem cell)の存在が知られるようになり、悪性腫瘍化機序も幹細胞システムの異常としてとらえられるようになってきた。本セミナーでは、造血幹細胞システムとその異常について最近得られた知見を中心に概説したい。