第26回シスメックス学術セミナー(2003年度)講演要旨

白血病診断における形態学と各種診断技術

座長:
東京大学 中原 一彦 先生

1. FAB分類とWHO分類:併用の意義を考える

長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設 分子医療部門分子治療分野 教授 朝長 万左男 先生

2. 免疫学的マーカー診断の有用性 ー形態学的診断とどこまで一致するかー

慶應義塾大学医学部中央臨床検査部 講師 川合 陽子 先生

3. 染色体分析と遺伝子診断は白血病診断にどのように有効か

獨協医科大学血液内科 教授 三谷 絹子 先生

4. 再生医療のこれから

京都大学大学院医学研究科発生発達医学講座 教授 中畑 龍俊 先生

1. FAB分類とWHO分類:併用の意義を考える

長崎大学医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設 分子医療部門分子治療分野 教授 朝長 万左男 先生

 1976年に提唱されたFAB分類は基本的には白血病の形態分類である。これに対して、その後25年間の染色体・遺伝子研究の成果を取り入れ、2000年に提唱されたWHO分類は遺伝子分類への方向性を定めたものといえよう。しかし、現状では急性骨髄性白血病については、遺伝子分類が可能な症例は全体の約3分の1にとどまり、残る3分の2の症例では、染色体核型が正常なものが過半数を占め、多くの症例がなお形態学的分類、すなわちFAB分類で診断、分類されなければならない。従って、現状では、FAB分類からWHO分類への完全な移行は臨床の現場では混乱をもたらすことが予想される。個々の患者で、まず形態によるFAB病型診断を行い、さらに染色体・遺伝子検査の結果に基づきWHO分類を行い、FAB/WHOの診断を併記することをルーティン化すれば、このような混乱を避け、かつ多くのメリットがもたらされる。本講演では、WHO分類の骨格と、FAB分類との併用の意義を、臨床検査の立場と治療研究の立場から解説する。

2. 免疫学的マーカー診断の有用性 ー形態学的診断とどこまで一致するかー

慶應義塾大学医学部中央臨床検査部 講師 川合 陽子 先生

 造血器腫瘍の診断には、細胞表面マーカー解析による免疫学的マーカー診断(immunophenotyping)が不可欠である。このマーカー診断は、CD(cluster of differentiation)番号で整理されたモノクローナル抗体を用いたレーザーフローサイトメトリーにより、造血器腫瘍の細胞帰属や腫瘍化の分化系統段階を迅速・簡便に判定する検査にて行う。リンパ系・骨髄系の診断のみならず新しい病態も明らかにされてきた。近年の機器システムや蛍光標識抗体の開発の進歩はめざましく、複雑な免疫学的マーカー解析が短時間に出来るようになってきた。マルチカラー解析法が主流で4カラー解析法や全血法も試みられている。細胞内および核内抗原などの多重解析による診断も有用性が高い。診断に有用な様々な抗体パネルや解析法が提唱されているが、診断一致率は必ずしも100%ではない。免疫学的マーカー診断のみで何処まで造血器腫瘍の診断が可能か、自施設データや他施設の報告を踏まえながら考えてみたい。

3. 染色体分析と遺伝子診断は白血病診断にどのように有効か

獨協医科大学血液内科 教授 三谷 絹子 先生

 白血病の診断は主にFAB分類あるいはWHO分類に基づいて行われるが、いくつかの観点からは、このような形態学的分類のみでは不充分であることが明らかになっている。特に、予後因子に基づいて層別化し、適切な治療計画を立てるためには染色体分析や遺伝子診断は有力な診断方法であることが示されている。急性白血病においては、t(8;21)、t(15;17)、inv(16)などの異常は予後良好であること、11q23転座、Philadelphia染色体 (t(9;22)転座)、FLT3変異などの異常は予後不良であることが示されている。また、治療効果を判断するためには、染色体分析に加えて定量的遺伝子診断は、特にその有用性が高い。白血病の治療に際しては、形態学的分類とともに染色体分析や遺伝子診断を併用して、適切な化学療法や造血幹細胞移植などの治療法を選択することが必要である。

4. 再生医療のこれから

京都大学大学院医学研究科発生発達医学講座 教授 中畑 龍俊 先生

 近年、再生医療の基礎研究が盛んに行われ、その成果が続々と臨床の場に持ち込まれている。再生医療の基盤となる細胞は幹細胞であり、この細胞は自己複製能と様々な細胞への分化能を併せ持った細胞として知られている。現在行われている、あるいは行われようとしている再生医療は、我々の身体の中に存在する様々な体性幹細胞を利用したものである。造血幹細胞をはじめ血管内皮、皮膚、腸上皮、生殖器、肝臓、腎臓、神経組織など種々の組織において幹細胞の存在が知られ、ヒト骨髄中に胚性幹細胞(ES細胞)に匹敵する能力を持った細胞(MAPCs)の存在も報告されている。倫理的な問題はあるものの、将来的には、ほぼ無限の自己複製能を持つES細胞の利用も考えられている。最近、我が国でも再生医療は爆発的な広がりを見せようとしているが、今後、再生医療を健全な形で進めていくためには、行おうとする医療の科学性、安全性、倫理性、社会性、公開性について、研究者および医療人は厳しく問いかけながら進めることにより広く国民の理解が得られるであろう。
本講演では、我々の教室で行っている研究を中心に、再生医療の研究の現状と今後の課題について述べてみたい。