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■クローン性造血とは

近年、ゲノム解析技術の進歩により、血液学的には異常がない人においても、加齢に伴い、再発性の遺伝子変異を持つ異常な造血幹細胞が出現することが明らかになった。単一の細胞を起源とした血液細胞がクローン性に増殖する状態を「クローン性造血」(Clonal hematopoiesis of indeterminate potential:CHIP)と呼ぶ。

クローン性造血は血液の遺伝子配列検査※1で検出される。血液がんの前段階と考えられ、若年層ではまれであるが、高齢者では10%以上と高頻度にクローン性造血が認められる1)。また、クローン性造血は、心血管疾患※2、肺高血圧症※3、再生不良性貧血※4、悪性リンパ腫※5など、さまざまな疾患と関連することが知られており、病態の解明や治療法の開発が課題となっている。

※1 個々人のゲノム情報(遺伝配列情報)を調べることである。
※2 心臓や血管で起こる疾患のことで、心筋梗塞や狭心症、不整脈、心不全、脳血管疾患などがある。
※3 心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が異常に上昇する疾患である。
※4 何らかの原因で造血幹細胞の傷害や異常が起こることから血球が補給できず、血液中の白血球、赤血球、血小板が減少する血液疾患である。
※5 血液がんの一種で、白血球のうちリンパ球という血液細胞ががん化した疾患である。

■クローン性造血におけるゲノム異常と血液がん・心血管疾患リスクの関係

クローン性造血は、血液がんや心血管疾患の発症に関与することが知られている。クローン性造血で検出されるゲノム異常は、遺伝子変異とコピー数異常※6の2種類に分類される。いずれかの異常が存在するだけでも血液がんのリスクが上昇し、遺伝子変異が単独で存在する場合には、動脈硬化が促進され心血管疾患のリスクが上昇することが知られていたが、2種類の異常の関係性はこれまで不明であった。

京都大学大学院医学研究科の研究チームは、遺伝子変異とコピー数異常の関係を明らかにするため、約1万人の被験者の末梢血サンプルを用いて解析を実施した。その結果、クローン性造血を有する人には、遺伝子変異とコピー数異常が共存する例が多いことが判明した。さらに、遺伝子変異とコピー数異常が共存すると、どちらかの異常が単独で存在する場合と比較して血液がんと心血管疾患による死亡率が上昇することも明らかになった。この結果はクローン性造血において、遺伝子変異とコピー数異常が互いに関わりながら作用していることを示唆するものである2)

※6 ヒトの体細胞に存在する染色体の本数が増加したり減少したりする異常のことである。

■クローン性造血にみられるJAK2V617F変異と肺高血圧症

肺高血圧症のメカニズムのひとつとして、心臓から肺に血液を送る肺動脈の内部を構成する細胞が異常に増え、血管の内側が厚くなることで血流が低下し、肺動脈の血圧が上がることがある。肺高血圧症のうち一部は、クローン性造血と密接に関係する骨髄増殖性疾患※7などの血液疾患と合併することが知られているが、その発症機序には不明な点が多い3)

そこで、福島県立医科大学医学部の研究グループは、肺高血圧症と骨髄増殖性腫瘍との合併が多いことに注目し、肺高血圧症とクローン性造血との関連を検討した4)

クローン性造血で認められる遺伝子変異のひとつにヤヌスキナーゼ2(Janus kinase 2:JAK2)V617F変異※8がある。研究では、JAK2V617F遺伝子変異を有するクローン性造血のマウスを作成し、低酸素状態においたところ、肺動脈が肥厚し、低酸素誘導性肺高血圧症が悪化した。このマウスの肺を調べたところ、肺動脈周囲の好中球※9が増加し、肺好中球ではアクチビン受容体様キナーゼ 1(Activin receptor-like kinase 1:ALK1)※10が増加していた。ALK1は、肺高血圧症の病因と関連していることが知られており4)~6)、このマウスにALK1阻害薬※11を投与すると、肺高血圧症の悪化が抑制されたことから、JAK2V617F変異のクローン性造血を有する肺高血圧症の患者にALK1阻害薬が有効である可能性が示唆された。将来的には、肺高血圧症患者においてJAK2V617F変異を検出する遺伝子解析を行い、ALK1を治療の標的とする新たな治療法の実現も期待される。

※7 骨髄系の細胞がクローン性に増殖する疾患である。
※8 JAK2は血液細胞の増殖や分化を調節するシグナルの伝達の行う役割を担っている。JAK2V617F変異はJAK2の617番のバリンというアミノ酸がフェニルアラニンに置き換わる異常のことである。
※9 白血球のひとつで、体に侵入した細菌などから体を守る働きをしている。
※10 トランスフォーミング増殖因子(Transforming Growth Factor-β:TGF-β)に属し、内皮細胞に発現する酵素である。細胞の異常増殖に関わっていると考えられている3)。

■クローン性造血と再生不良性貧血、血液がんのかかわり

再生不良性貧血は血液中の白血球、赤血球、血小板のすべてが減少する造血不全であり、何らかの原因で造血幹細胞の傷害や異常が起こり、生じると考えられている7)。初診時に再生不良性貧血と診断された患者のうち一部では、数か月から数年後に、急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群といった血液がんに移行する8)、9)

東京大学、金沢大学、クリーブランドクリニック(米国)の共同研究において再生不良性貧血患者439例の遺伝子を解析したところ、47%と高頻度でクローン性造血が認められた。また、患者の36%で血液がんにおいて認められる遺伝子変異が出現していた。研究では、変異のある遺伝子の種類により、予後が異なる傾向があることも示唆された8)。その後の研究で、再生不良性貧血に伴うクローン性造血の遺伝子変異は、血液がんにみられる遺伝子変異とは基本的に異なることが明らかになりつつある9)。再生不良性貧血の予後予測と適切な治療方針の決定、血液がんの早期発見に向けて、研究が続けられている。

■クローン性造血の血管免疫芽球性T細胞リンパ腫への関与

クローン性造血は、骨髄系腫瘍、リンパ系腫瘍を含めて幅広い血液がんに関与していると考えられている。クローン性造⾎が原因となる代表的なリンパ腫として、⾎管免疫芽球性T細胞リンパ腫(Angioimmunoblastic T-cell lymphoma:AITL)※12や慢性リンパ性白血病(Chronic lymphocytic leukemia:CLL)※13がある。いずれも従来型の抗がん剤による治療では根治が難しいといわれており、治療法の確立が課題となっている10)。また、クローン性造血が素地となる血液がんの発症機序には不明な点が多いが、筑波大学の研究グループはマウスを用いた研究で、AITLにおける発症機序を明らかにした。

同研究でクローン性造⾎のゲノム異常を有するマウスモデルを作成し解析した結果、マウスのがん組織内において、クローン性造⾎に由来する特定の種類の⾎液細胞が集まっており、これががん細胞の増殖に強く関わっていることがわかった。さらに、この異常な血液細胞(がん微小環境※14細胞)とがん細胞との相互作⽤を阻害することで、AITL⾃体の増殖を抑制できることを発⾒した。研究成果は、新たな治療法の開発へ向けて提案するものであり、同疾患をはじめとする治療法が確⽴されていない希少がんの治療に寄与すると考えられる。また、クローン性造⾎を背景に持つ他の固形がんなどの病態理解への応⽤も期待できる11)

※12 末梢臓器に移動したT細胞(リンパ球の1つ)に由来する高齢者に多い血液がんである。
※13 リンパ球のうちB細胞ががん化する血液がんである。
※14 がん細胞が作り出すがん組織やがん周辺の環境のことである。
クローン性造血は比較的最近知られるようになった病態であるが、特に高齢者においては高い頻度でみられ、また、さまざまな疾患とのつながりも深いことから重要なテーマといえる。今後、さらに知見を蓄積することで、多くの疾患、特に、日本人の死因の上位を占める心筋梗塞や脳卒中を含めた心血管疾患の予防的治療に道が開かれることが期待される。
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