食道がんの起源について -加齢に伴う食道上皮の遺伝子変異クローンによる再構築-

京都大学 大学院医学研究科 腫瘍生物学講座
教授 小川 誠司 先生

近年、正常組織において加齢に伴うクローン拡大と発がんの関係が示唆されているが、がんの発症に先立って、クローン拡大が、いつ、どのように獲得され、どのように進行するのか、またその過程で発がんリスク因子がどのように影響を及ぼすかについては未だ十分な知見に乏しい。今回、我々は、担癌患者ないし健常人から得られた682個の正常食道上皮試料についてゲノム解析を行った。その結果、正常食道では加齢とともに、NOTCH1を主要な標的とするドライバー変異を獲得したクローンが加齢とともに拡大すること、また、この過程は、高度の飲酒や喫煙によって促進することが明らかとなった。ドライバー変異を獲得したクローンは、幼少期から、食道全体にわたって多数出現し、加齢に伴って、複数のドライバー変異を獲得しつつ、数の増加と大きさの拡大を認め、高齢者となると正常食道の大半がドライバー変異を有するクローンに置換される。食道がんと比較して、正常食道では、NOTCH1変異やPPM1D変異などのドライバー変異が高頻度に認められたが、多くの例で、最初のドライバー変異は思春期の後期までにすでに獲得されており、ドライバー変異の個数は、高度の飲酒や喫煙によって有意に増加していた。ドライバー変異を獲得したクローンによる食道上皮の再構築は、正常の加齢に伴う避けがたい変化であって、これに高度の飲酒・喫煙が加わることによって食道発がんに関与していることが示唆された。

がんゲノム医療の国内実装と国際展開

国立研究開発法人 国立がん研究センター
理事長・総長 中釜 斉 先生

がんは様々な要因により細胞にゲノム・エピゲノム異常が多段階的に蓄積することにより発生する。近年のゲノム解析技術の進歩により、がん細胞では全ゲノム当たり数千から数万箇所のゲノム異常が入っていることが明らかにされた。中でもがん細胞の増殖・生存にとって重要な役割を果たしている「ドライバー変異」は治療標的となりえる。非小細胞肺がんにおけるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子などの「ドライバー変異」に対する阻害薬は劇的な治療効果をもたらすことが分かった。このように、個々の症例のゲノム情報に基いて患者を層別化し、効果のより高い治療法を提供することが正に「がんゲノム医療」である。現在日本では、マルチプレックス遺伝子パネルを用いたがんゲノム診断が、保険収載に向けて先進医療として動き始めている。詳細な診療情報に紐づいたゲノム情報は「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」に集約され、これらの情報(データ)は日本のみならず国際的な創薬開発研究を加速する起爆剤としての大きな貢献をもたらすことが期待される。

がんゲノム医療の今後の展開:遺伝子パネル検査からWhole Exome Sequenceへ

慶應義塾大学医学部 臨床研究推進センター 教授
慶應義塾大学医学部 腫瘍センター ゲノム医療ユニット長
西原 広史 先生

“がん遺伝子パネル検査”は、数十~数百のがん関連遺伝子を標的としたターゲットエクソームシーケンスであり、臆蕩細胞特異的ながん遺伝子の異常(変異、増幅、欠失など)に加えて、コピー数変化(Amp,LOH)及びMSI(microsatellite instability), mutation burdenの検出を行う。慶應を中心とする“PleSSision”グループでは独自開発のPleSSision検査(160遺伝子)にて2年間で約350名の検査を実施し、腫瘍化の原因となるActionable遺伝子異常の検出率は90%以上であった。しかし、Genotype-matched treatmentを実施した患者は全体で13%に留まり、より高精度かっゲノムワイドな解析技術の導入によるPrecision medicineの実践が求められている。そこで現在我々は、FFPE検体を用いて約2万遺伝子をカバーする Whole exome sequence を臨床検査として実施するにあたり、必要最低限のDepth設定やDNA量の確認と共に、既存のターゲットシーケンスとの整合性の検証を行い、導入できる確証を得つつある。本講演では、この検証結果の一部を紹介し、クリニカルシーケンスとしてWhole exome sequence導入の可否、さらにはその臨床的有用性について述べる。

がんゲノム医療における遺伝子検査の品質保証

浜松医科大学 医学部 臨床検査医学
教授 前川 真人 先生

現在、がんゲノム医療の臨床実装の流れが激しい。遺伝子関連検査の技術、特に次世代シークエンサー(NGS)の進歩により、数多くの遺伝子変異を一度に包括的に検査するNGSを用いたパネル検査が行われ、患者ごとに有効な薬剤の選択などに用いられるようになってきた。一方、医療法改正による検体検査の精度の確保および遺伝子関連検査の精度の確保の重要性が再認識されている。実際、NGSを用いたがんゲノム検査は、核酸抽出、ライブラリ調製、バイオインフォマティクスパイプラインなど複数の複雑なプロセスからなり、さらに技術やデータベースは進化途上にあるため、従来の体外診断薬を使用する臨床検査とは全く様相が異なる。従って、正しい結果を得るために行う検査の品質保証も現在進行中の課題である。そこで、臨床検査振興協議会で「ゲノム検査の小委員会」を立ち上げ、品質を担保するための考え方を作成した。基本的には、バリデーション、内部精度管理、外部精度管理(評価)であると考えている。

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