血栓性素因の成因と病態

国立循環器病研究センター 分子病態部
部長 宮田 敏行 先生

血栓症は多因子疾患であり、先天性および後天性の要因が絡まって発症する。凝固制御に関わるアンチトロンビン、プロテインC、プロテインSの先天性欠損症が静脈血栓症のリスクを上げることは広く知られており、日本人を対象にした研究も進んでいる。一方、微小血管内に血栓が生じる血栓性細小血管障害症は、血栓性血小板減少性紫斑病と溶血性尿毒症症候群が知られる血栓性血小板減少性紫斑病は、フォンビルブランド因子切断酵素の活性著減により、血中に超高分子量のフォンビルブランド因子多量体が蓄積し、血小板血栓が生じる。溶血性尿毒症症候群の多くは、病原性大腸菌O157などが産生するシガ毒素により感染性腸炎を起こし、下痢を伴う。少数例は下痢を伴わない非定型に分類され、この患者群では補体制御因子およびトロンボモジュリンの遺伝子変異により、補体が自己の組織を傷害することが発症原因となる。このような近年の研究の進展により、各種血栓症の成因の理解が大きく進んだ。

生体分子イメージングによる生活習慣病病態の解析

東京大学医学系研究科循環器内科
東京大学システム疾患生命科学による先端医療技術開発拠点
特任准教授 西村 智 先生

我々は、一光子共焦点・二光子レーザー顕微鏡による、「生体内で細胞をみて、働きを知る」「生体分子イメージング手法」を開発し、各種生活習慣病にアプローチを行った。まず、肥満脂肪組織のリモデリング過程と免疫細胞の関与を明らかにした(2007 Diabetes, 2008 JCI, 2009 Nat Med)。さらに、レーザー傷害による血栓形成モデルと組み合わせることで、生体内での血小板機能の詳細を明らかにした(2010 JCI, 2010 JEM, 2011 Blood)。本手法は、今後、多くの研究領域において適応可能と考えられる。本生体イメージング手法は、いままでのプレパラート標本による形態学検討から大きく進歩したもので、生体内での各種免疫細胞の役割を明らかにする有力な手法である。代謝、免疫、腫瘍など多くの範囲での適応が期待される。

血栓性疾患の発症メカニズムに基づいた新規の予防、治療法の開発

東海大学医学部内科学系循環器内科学
教授 後藤 信哉 先生

心筋梗塞、脳梗塞などの血栓性疾患は、本邦では悪性腫瘍に次ぐ主要な死因である。悪性腫瘍の発症と進行が緩徐であるのに対して、心筋梗塞であれば発症直後に死亡する、脳梗塞であれば発症直後から長期にわたってquality of lifeが障害される、など、血栓性疾患は発症と同時に人生が変わる疾病である。これらの疾患は、脳、心臓などの重要臓器を灌流する血管の閉塞性血栓によって惹起される。原因が「血栓」であれば、抗血栓療法による予防、治療の可能性がある。実際、未分画へパリン、アスピリン、ワルファリンなどの古典的抗血栓薬は、広範な血栓性疾患の予防、治療において重要な役割を演じてきた。できた血栓を溶解する線溶薬も治療において一定の有効性を示した。臨床医は、古典的抗血栓薬の使用経験の積み重ねによりその適応と限界を明らかにしてきた。未分画ヘパリンは、心筋梗塞急性期、不安定狭心症、肺血栓塞栓症、深部静脈血栓症など幅広い有効性を示したが、投与量と効果の間に個人差があるためモニタリングに基づいた個別化投与が必要である。アスピリンは、心筋梗塞再発予防、脳梗塞再発予防に有効であるが、血栓イベント発症予防効果が相対リスクの減少として25%程度に過ぎない。頭蓋内出血などの重篤な出血性合併症が年間0.2~1.0%に惹起されることを考えると、その適応は原則としてリスクの高い二次予防の症例に限局される。ワルファリンは人工弁、左室機能障害例、僧帽弁狭窄症、心房細動症例などの血栓イベント発症予防に有効であるが、投与量と効果発現に個人差がある。モニタリングに基づいた個別化が必要である。モニタリングに用いるPT-INRは、感度、特異度ともに十分に高い検査法ではない。アスピリンによる重篤な出血合併症の発現リスクが年間0.2~1.0%とすると、ワルファリンによる重篤な出血イベント発症率は年間1.5~3%とされる。予防介入における適応の選択は、アスピリンよりもワルファリンにおいてさらに狭い。これらの現状を打開すべく、最近相次いで新規経口抗血小板薬、新規経口抗凝固薬が開発され、多くの臨床試験の結果が明らかにされた。商業的に成功した抗血小板薬クロピドグレルの特許切れを狙ったプラスグレル、チカグレロールは、いずれも通常量のクロピドグレルよりも高い有効性を発現する容量設定にて臨床試験を行なった。臨床試験では、血栓イベントの減少を示したが、大出血リスクも増加した。有効性は勝っていても、安全性の優劣性が不明瞭、経済性が明らかに悪いとなれば、これらの薬剤が大ブレークする可能性は低いであろう。これらの薬剤がいずれも血小板のADP受容体P2Y12の阻害薬であることから、P2Y12阻害効果に基づいた個別介入との方向を示されているが、P2Y12受容体阻害効果を簡便かつ正確に計測する方法がない点が問題である。モニタリングによる個別化が必要とのワルファリンの欠点を乗り越える、新規経口抗トロンビン薬、抗Xa薬の臨床試験結果も相次いで報告された。いずれの試験においてもINR 2~3を標的としたワルファリン群に比較して血栓イベントが同等で、出血は少ないとされた。実医療においてINR 1.6~2.2を標的としている日本の標準治療と比較して、新規経口抗凝固薬が有効、安全であるか否かは今後の検討課題である。経済的に明らかにワルファリンに劣ることは明確なので、やはり大ブレークは難しいと考えるのが常識的判断であろう。最近の、脂質異常症などのリスク因子の補正による心血管イベント発症リスクの低減は目覚ましい。「出血性合併症の増加が不可避」との抗血栓薬の特質を抱えている限り、近未来の新薬への期待は低い。基礎科学の進歩により、「出血合併症を増加させず病的血栓イベントのみを減少させる」分子標的を発見するか、あるいは将来数ヶ月以内に確実に血栓イベントを発症する症例を検査により見いだして、その症例に対して集中的に介入するか、が将来の方向性であろう。

抗血小板療法のモニタリングー最近の流れ

ミラノ大学 医学部
セント・ポール病院 第3内科
Prof. Marco Cattaneo

クロピドグレルは抗血栓作用を持つプロドラッグで、その活性代謝産物が血小板のADP受容体P2Y12に不可逆的に結合する結果、血小板機能を阻害する。クロピドグレルの効果は個人差が大きく、治療を受けた患者の約1/3では効果を確認することができないと複数の研究者から報告されている。その原因として、遺伝および環境要因が、クロピドグレルの吸収、さらに/あるいは、クロピドグレルが活性代謝物に変化する過程に影響するとみなされている。個人差の問題の解決策として、血小板機能検査の結果に基づいてクロピドグレルの投与方法を決定することが提唱されているが、この手段は臨床的に重要な意味を持つ。患者個人の検査成績を基本にして、個々の患者独自の治療を行うように努力することが近代医療の望まれる方針とみなされているが、抗血栓薬治療に関してはバイオアベイラビリティ(bioavailability、生物学的利用能;投与された薬剤のうち、どれだけが体に作用するかの指標)が予測できないので、検査成績に基づいて個々の患者の治療方法を決定することは古くから行われている。しかし、抗血小板薬に関しては、残念ながら、「検査成績に基づき個々の患者に対する投与法を決定する手段」が有効であるとは確認されていない。可能ならば、バイオアベイラビリティがより均一かつ予測可能であり、副作用が少なく、経済効果が高い別の薬物を使用する方が望ましい。検査成績に基づくテーラーメイド療法が有効であると実証するには、ランダム化臨床試験で解析しなければならない。さらに、検査成績に基づいてクロピドグレルの投与方法を決定することを推奨するには、効果判定に利用できる検査手段を選択して標準化すること、およびその有用性や経済効果などの基本的な問題を解決することが、先ず必要である。

TOP