ミレニアム・プロジェクトから始まった医学の重要課題

京都大学
名誉教授 井村 裕夫 先生

ミレニアム・プロジェクトは、2000年故小渕恵三首相のイニシアテイブで始まったが、それに到る前史として科学技術基本法の制定、国際ヒトゲノムプロジェクトの進行、再生医療の進歩などを挙げることができる。また1998年の当時の科学技術会議で行われた「今後の生命科学の推進のあり方に関する懇談会」の議論も重要である。それらを受ける形で、理化学研究所に遺伝子多型総合研究センター、発生再生科学総合研究センター、植物科学総合研究センター、バイオリソースセンターなどが発足し、疾患ゲノムプロジェクト、イネゲノムプロジェクトなども始まって、日本の生命科学が大きく発展したと言えよう。そうした研究を通して、これからの医学について若干の私見を述べる。

実用化が進み始めた遺伝子治療:CAR-T細胞療法を中心に

東京大学 医科学研究所附属病院
病院長 小澤 敬也 先生

ここ数年、欧米を中心に遺伝子治療が復活してきている。造血幹細胞遺伝子治療では白血病の発生も見られなくなり、実用化段階に入りつつある。また、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療では、パーキンソン病、AADC (aromatic L-amino acid decarboxylase)欠損症、脊髄性筋萎縮症、レーバー先天性黒内障、血友病などに対して臨床的有効性が次々と示されるようになっている。さらに、がんに対する遺伝子治療では、キメラ抗原受容体(CAR: chimeric antigen receptor)遺伝子を用いた遺伝子改変T細胞療法で、再発・難治性の急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫で驚異的な治療効果が確認され、2017年に米国で承認された。新しい方向性としては、ゲノム編集技術がトピックスとなっており、CAR-T細胞療法への応用も進んでいる。以上のように、遺伝子治療の実用化研究が活発化してきており、CAR-T細胞療法を中心に現状を紹介する。

制御性T細胞による免疫応答制御

大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
特任教授 坂口 志文 先生

正常個体中に存在する制御性T細胞は、免疫自己寛容の維持、様々な免疫応答の抑制的制御に枢要である。内在性制御性T細胞の大部分は胸腺で、機能的に成熟した形で産生され、転写因子Foxp3を特異的に発現する。制御性T細胞の量的・質的異常は、様々な自己免疫疾患/炎症性疾患の直接的原因となる。また、制御性T細胞を標的としてその抗原特異的増殖により移植臓器に対する免疫寛容を誘導できる。逆に、その量的、機能的減弱を図ることで腫瘍免疫、微生物免疫を亢進させることができる。本講演では、制御性T細胞研究の発端から現在までを概観し、制御性T細胞による免疫抑制の分子機構、およびその機能、細胞系譜の維持機構について、ヒト制御性T細胞の臨床への展開を含めて議論したい。

パーキンソン病に対する細胞移植治療

京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門 神経再生研究分野
教授 髙橋 淳 先生

中枢神経系は再生能力が乏しく、失われた神経機能の回復は非常に困難である。しかしES細胞、iPS細胞を含む幹細胞に関する研究が進み、神経疾患治療において薬物や機器とは違う新たな治療戦略が加わろうとしている。我々はマウスフィーダー細胞を使わずラミニンフラグメントを用いて大量の神経誘導を行う技術を開発した。また、コリンというfloor plateの特異的表面マーカーを用いて、ドパミン神経前駆細胞のみを選別するセルソーティング技術の開発を行った。これにより、ドパミン神経細胞の純度が高まり不必要な増殖性細胞を取り除くことができ、有効かつ安全なドパミン神経前駆細胞を安定して作製することが可能になった。さらに、霊長類パーキンソン病モデルを用いて臨床研究と同じプロトコルでドパミン神経前駆細胞移植を行い、その有効性と安全性を確認した。本講演ではこれらのiPS細胞を用いたパーキンソン病治療開発の現状について紹介し、臨床応用に向けた展望について述べる。

iPS細胞を用いた網膜再生医療

国立研究開発法人 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト
プロジェクトリーダー 髙橋 政代 先生

網膜再生医療研究は20年前に普通の眼科医が神経幹細胞という異分野の新しい概念に出会ったところから始まった。その後にiPS細胞の発明という細胞生物学の概念を変える発見があり、2013年にその応用である自家iPS細胞由来網膜色素上皮(RPE)細胞移植が始まった。現在は次のステップとしてHLA適合他家RPE細胞移植へと移行している。再生医療(細胞治療)は全く新しい治療分野であるため既存のルールがそぐわない点が多い。日本では再生医療に対する新しい法体系ができたが、このシステムは従来の治療開発の問題点をも解決する可能性があると感じている。新しい産官学の連携によりもたらされる治療開発スキームである。また、再生医療研究では細胞という常に変化するものを材料とするため実験に匠の技を必要とするという問題点がある。ここで生物学とAI、工学との新たな融合が求められる。再生医療開発で見えてきた医療の未来をご紹介する。

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